自分について -幼稚園~小学校時代-

こんにちはたくです。
今回は自分について書こうと思います。

産まれは1982年。同年代の有名人は結構いて、今も現役で有名どころは宇多田ヒカル、深田恭子、元AAAの浦田直也、小栗旬、相葉雅紀などでしょうか。
詳細なスペックはTwitterを見ていただくとして、私のこれまでのことを書きたいと思います。

いつからゲイを自覚したのか、これといったきかっけがあったわけではないんですよね。
幼いころから男性にしか興味がなかったように思いますし、これが普通だと思っていました。
ただ明確に恋愛感情として、男性を好きになったのは中学の時です。これははっきり覚えています。

幼少期はとにかく人付き合いが苦手でした。
近所の友達もいませんし、幼稚園に行っても友達はいませんでした。幼稚園の頃は送迎バスに乗れば泣き出してしまって行きたがらないような子供でした。行っても女の子の方が話しやすかったのか、女の子と遊ぶことの方が多かったように思います。

小学校に上がっても相変わらず友達は出来ない上に、今度はオカマだということでいじめられはじめました。小学校1,2年の頃は男からも女からもいじめれてました。
小学校1年にして、男のいじめは肉体的な暴力に終始するのに対し、女のいじめの方が陰湿でした。
物を捨てる、女子トイレに閉じ込める、閉じ込めた個室の上から水を投げ込む、服に落書きをする
などなど書いててもイライラしますね。

今だったら証拠動画撮ってすぐ警察に突き出して、校長に直接動画持っていきますけどねぇ。
物が無くなるので、当然両親も不審に思いますよね。
それでも言い訳して本当のことは言えなかったと思います。
学校には本当に行きたくなかったけど、それでも不登校にならずに行っていたのは褒めてあげたいと思います。
自分にも原因があるのかもしれませんが、教師も無能だったと思いますし、民度の低い学校だったのだと思います。

小学校3年になると状況が変わってきました。自分のクラスが学年全体(おそらく全校でも)で一番の問題クラスで学級崩壊していました。クラスのボス格2人が暴力の恐怖政治でクラスを支配していて、誰も全く逆らえない状態。
当然教師にも反抗して言うことは聞かない、授業中にサッカーを始める、授業中に持ち込み禁止のマンガを読んだり、携帯ゲーム機で遊ぶ、教室で野良ネコを飼い始める、近所の家に石を投げ込んで破壊、取り巻きを引き連れていて、そこでは私が受けてきたいじめとは比べ物にならないいじめが行われていて、小学校3年にしてストレスで円形脱毛症になる生徒が出てくるような状態でした。担任は女性の先生でしたが、完全に疲弊しきっていました。

ただクラスがそんなめちゃくちゃな状態の中、なぜか私はターゲットにならなかったのです。
そしてそこでどういった経緯か全く覚えていないのですが、人生で初めて男の友達が出来たのです。
友達の家に遊びに行くもの初めて、放課後に遊びに行くのも初めてでこの友達が出来てから、クラスは学級崩壊してましたが学校に行くのは嫌ではなくなってきたように思います。
当時SDガンダムのカードダスが流行っていて自分もひっそり集めていました。彼も集めていてそれがきかっけだったのかもしれません。
僕の学校は3,4年は(これほど学級崩壊しているのに)クラス替えはありませんでした。友達が出来たことでちょっとずつ自分に自信がついてきたのかもしれません。この2年間は自分へのいじめはありませんでした。

小学5年に上げると、それまでちょっとづつついてきた自信が爆発したのか、なぜかあっさり友達が出来たのです。その友達もスクールカースト上位だったと思います。そうなると周りの反応がはっきり変わるのが明確にわかりました。昔いじめてきた人間も何も言ってこなくなったのが滑稽でした。この時期は人生で一番明るかったと思います。放課後もよく遊びに行ってましたし、6年の時は学級委員までやってましたので、両親もやっと安心したのだと思います。この2年間の記憶があるからその後もそこまで悲観的にはならなかったのはあります。

ただ、どうやって友達になれたのかは全くわからなかったです。
この経験があっても根本は暗い人間。中学でもこの体験を再現することはできませんでした…

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